親が認知症になると預金が下ろせない?
資産凍結を防ぐ家族信託という選択肢
親が認知症になると預金が下ろせない?
資産凍結を防ぐ家族信託という選択肢
はじめに:母の通帳と印鑑があっても、お金が下ろせなかった
硬直的な成年後見ではなく、家族が柔軟に財産を管理できる「家族信託」という選択肢を、実例とともに詳しく解説します。
あなたは、親の通帳と印鑑があれば、いざという時にお金を引き出せると思っていませんか?実は、それは大きな間違いかもしれません。
45歳のB子さんは、母親の通帳と印鑑を持って銀行窓口を訪れました。母親は夜中に脳卒中で倒れ、一命はとりとめたものの意識は戻りません。入院費用として100万円を引き出そうとしたB子さんに、銀行員は思いもよらない言葉を告げました。
「まだ意識がないので、話ができるような状態ではないんです」とB子さんが説明しても、銀行員の答えは変わりません。
口座の凍結―それは、キャッシュカードも使えないことを意味していました。母親のお金なのに、家族であっても一切使えない。この衝撃的な現実は、決して他人事ではありません。
認知症による財産凍結の実態
なぜ財産が凍結されるのか
本人が重い認知症などによって判断能力を失った場合、預貯金や不動産などの財産が「凍結」されてしまう可能性があります。これは一体どういうことでしょうか。
財産は法的に「個人」のものです。たとえ家族であっても、本人の意思確認ができない状態では、勝手に動かすことは許されません。十数年前までは、通帳と印鑑さえあれば本人でなくとも預金を引き出すことができましたが、現在は全く異なる状況になっています。
銀行が本人確認を厳格化する理由
「犯罪による収益の移転防止に関する法律」により、一定額以上の取引には本人確認が義務付けられました。さらに重要なのは、銀行が「注意義務違反」で訴訟を起こされるリスクを避けたいという事情です。
実際に、本人以外の親族が勝手に預金を引き出したことで、本人や相続人が銀行を訴え、損害賠償請求裁判を起こすケースがあります。銀行としては、このような訴訟リスクを避けるため、本人確認をより厳格に行うようになったのです。
凍結される財産の種類
認知症により凍結される可能性がある財産は、預金だけではありません:
- 銀行の預金口座:窓口での取引が一切できなくなる
- 不動産(土地・建物・マンション):売却、賃貸、建て替えが不可能に
- 上場株式など:売却処分や購入などの取引ができない
- 会社の株式:株主総会が開催できず、経営に支障
- 賃貸アパートなど:契約更新や大規模修繕ができない
共有名義不動産の落とし穴(A子さんの事例)
東京都内のA子さんの事例では、実家の土地が両親の共有名義(父9割、母1割)でした。母親が認知症になったため、父親の入院費用を工面するために実家を売却しようとしましたが、共有者の一人でも判断能力を失っていると売却できません。
結果、A子さん一家は自分たちの預金を取り崩して両親の介護費用を払わざるを得なくなりました。
成年後見制度の問題点
財産凍結の「解除」は可能だが…
認知症で凍結された財産を動かす唯一の方法が「成年後見制度」です。しかし、この制度には大きな問題があります。
なぜ親族は後見人になれないのか
成年後見制度が始まった当初は、配偶者や子などの親族が後見人になるケースが7〜8割を占めていました。しかし現在、この割合が激減した理由は、親族による「使い込み」があまりに多いためでした。
裁判所は、預貯金が500万円から1000万円程度あれば、専門家を後見人に選ぶことが多いようです。
後見人制度の経済的・精神的負担
財産額 | 月額報酬 | 年間報酬 |
---|---|---|
基本報酬 | 2万円 | 24万円 |
1000万〜5000万円 | 3〜4万円 | 36〜48万円 |
5000万円超 | 5〜6万円 | 60〜72万円 |
地方の例 | 20万円 | 240万円 |
さらに深刻なのは、精神的な負担です。ある女性は「赤の他人に土足で家の中を踏み荒らされるような気持ち」と表現しました。
家族信託という解決策
家族信託とは何か
では、どうすれば良いのでしょうか。認知症になる前に打てる有効な手立てが「家族信託」です。
「箱」と「ケーキ」で理解する仕組み
家族信託の仕組みを理解するには、財産を「箱に入ったケーキ」と考えると分かりやすいでしょう。
- ケーキ:実際に価値のある財産そのもの(財産権)
- 箱:法律上の「名義」
通常の贈与では、箱に入ったケーキを丸ごと渡すため贈与税がかかります。しかし家族信託では:
- ケーキだけ箱から出して本人(委託者兼受益者)の手元に置く
- 空っぽの箱だけを信頼できる家族(受託者)に渡す
- 受託者は名義人として財産を管理するが、利益は本人が受け取る
なぜ贈与税がかからないのか
税務署が見ているのは「誰がケーキを持っているか」です。家族信託では、ケーキ(財産権)の持ち主は変わらないため、贈与税は発生しません。これを「信託のパス・スルー機能」といいます。
家族信託のメリット
- 認知症になっても財産が凍結されない
- 家族が本人のために柔軟に財産を活用できる
- 専門家の後見人が関わらないので報酬が不要
- 遺言の機能も持たせられる
- 「次の次」の相続まで決められる
家族信託の活用事例
事例1:預金凍結対策(小林さん親子のケース)
81歳の父親(悟さん)と50歳の長男(武司さん)が家族信託契約を締結。銀行で「信託口口座」を開設し、父親の預金を移しました。
その後、父親が認知症になっても、信託口口座の預金は凍結されません。父親の介護費用や生活費は、受託者である長男が管理しながら、必要に応じて支払うことができます。
事例2:実家売却対策(鈴木さん家族のケース)
83歳の父親と78歳の母親は、一戸建ての実家を出て介護付きシニアマンションへの入居を希望。息子の聡さん(56歳)は、実家売却代金で入居費用を賄う計画でした。
父親と聡さんで家族信託契約を結び、実家の名義を聡さんに変更。その後、父親が認知症になっても問題なく売却でき、売却代金でマンションの費用を支払えました。もし信託していなければ、実家は売却できず空き家になっていたでしょう。
事例3:共有不動産対策(高橋さん家族のケース)
父(持分1/2)、母(持分1/4)、長男(持分1/4)で共有している不動産。それぞれが長男と信託契約を結び、名義を長男に一本化しました。
これにより、両親が認知症になっても不動産の管理・運用が可能に。さらに「高橋ファミリートラスト」という法人を設立して、父を代表とすることで、父のプライドも保ちながら対策を実現しました。
実践的アドバイス
いつ始めるべきか
親への切り出し方のコツ
相続の話はなかなか子どもから切り出しにくいもの。以下の方法を試してみてはいかがでしょうか。
- 第三者の話として始める:「友達のお父さんが認知症になって…」
- 親のプライドを傷つけない:「お父さんのおかげで今の私たちがある」
- 「遺言」ではなく「家族信託」という言葉を使う
- 専門家を活用する:家族の説得が難しい場合は第三者の力を借りる
専門家選びのポイント
信頼できる専門家を見極めるには「質問を投げかけてみる」ことが重要です。
- 経験が少ない
- 質問への回答が遅い
- 専門用語ばかりで分かりにくい
- 関連情報を教えてくれない
このような専門家は避けた方が良いでしょう。
まとめ:今すぐ行動を起こすべき理由
親の認知症による資産凍結は、決して他人事ではありません。内閣府の調査によれば、65歳以上の高齢者に占める認知症患者の割合は約16%。さらに、判断能力を失ってから亡くなるまでの期間が長期化している現代では、財産凍結の影響は計り知れません。
対策 | 成年後見制度 | 家族信託 |
---|---|---|
財産管理者 | 裁判所が選ぶ専門家(8割) | 信頼できる家族 |
年間費用 | 24万円〜240万円(それ以上の場合も・・・) | 原則初期費用のみ |
財産の自由度 | 低い(裁判所の許可必要) | 高い(契約で自由に設定) |
家族の精神的負担 | 大きい | 小さい |
認知症になってからでは手遅れです。元気なうちに、家族で話し合い、専門家に相談することから始めてみませんか。